「へぇ〜、掛け捨てじゃないんですねっ! なんか安心しましたっ」
にっこり笑った私の目の前で、テーラーにオーダーメイドで作ってもらったみたいなスーツを着た保険営業マンさんが、やさしく微笑んだ。「はい、終身保険なので、一生涯の保障もつきますし、お金が必要な時は、解約すればお金も返ってきますよ」
まるで私が密かに愛読しているWeb小説「『毎週100万払ってたホストに、ある日突然「付き合ってください」と言われた』」にでてくるホストが優しく語りかけてくれるみたいで、胸が高鳴る――…その瞬間だった。
保険営業マンさんに、「検討して、すぐにお返事しますね」といって、見送った直後、右上から低い冷たい声が聞こえた。
「それ、利回り見た? 銀行の定期より悪いんだけど」
振り返れば、うちの部署のNo .2であり、エース、上司ぽい先輩・倉科さんが腕組みして立っていた。いつもはクールで無口なのに、なぜか今日は妙に口が悪い。
「えっ、でも…掛け捨てじゃないって…安心できるって… 母にも保険は、掛け捨てはダメ。貯蓄型にしなさい。って言われてるし。」
戸惑う私に、彼はため息をついてノートPCを開き、保険会社の返戻率データと金利推移を見せながら、言い放った。
「“掛け捨てじゃない”ってのは、魔法の言葉じゃない。そもそも30年後に元本割れしたら、それって貯蓄って言える?」
そこから始まった、私の「保険のリアル」講座――。

ちなみに部署No.1はもちろん部長さ。部長は、どーんと構えていて、なんでも「うん、うん。そうしたら」っていってくれるいかにもって感じの上司なんだ。
今の終身保険は「お宝」か?
1970~90年代のお得感と今を数字で比べてみた
昭和~平成初期に加入された貯蓄型終身保険は、「予定利率5%前後」で銀行預金を遥かに上回る成功例を生んだ。これが“お宝保険”と呼ばれる所以だ。一方、2025年現在、生命保険会社各社は一部商品の予定利率をわずかに0.25→0.40%へ引き上げとし、インフレにも届かない極めて低水準にとどまっている 。このトピックを、数値で掘り下げよう。
①昭和~平成の「お宝終身保険」その実態
1980年代後半からおよそ1990年代前半にかけて、生命保険会社の**予定利率は5.5~6.0%**に達していた。1990年の制度改正後でも、最高で5.75%、1993年には4.75%、1994年には3.75%、1996年には2.75%へと段階的に低下していったが、それでも現在と比較すれば驚異的水準だ 。
例として1985年に30歳男性が月1万円で契約した場合、60歳時点で解約返戻金が400~500万円になったケースもあったとされる。この時代、銀行預金金利が年1%前後の中で、終身保険は“確実な年利5%”を提供する貯蓄ツールだった。
② 現在の終身保険:予定利率・控除と実質利回り
● 予定利率の今
2024年末から、住友生命は**1.25→1.30%へ、日本生命は終身保険を0.25→0.40%**に引き上げた 。それでもかつての5%超とは程遠く、各社とも「約40年ぶりの引き上げ」と強調している(日本生命 2024年11月ニュースリリース)。
● 実質利回りを計算すると
例えば、30歳男性が月1万円を60歳まで30年間支払った場合:
- 総払込額=360万円
- 返戻金=約370〜390万円(商品差あり)
- 仮に390万円としても、30年間の実質利回りは +0.3〜0.4%程度。数字上はプラスだが、インフレや機会費用を考慮すれば**「実質価値は低め」。途中解約すれば元本割れの可能性**がある。仮に340万円としても、30年間の実質利回りは +0.2%程度。元本割れか、微増にとどまる。途中解約すればマイナス利回りが現実的だ。
③ 予定利率低下の背景と保険会社の事情
● 金利低迷による予定利率の引き下げ
日本銀行によるマイナス金利と超低金利政策により、国債の利回りが長期にわたり低水準を維持。生命保険会社は契約者に返す予定利率を下げざるを得ず、90年代以降、順次ながらも大幅引き下げとなった(東証マネ部)。
● 保険会社の収益構造
生命保険各社は「三利源」(死差・利差・事業差益)で利益を出してきたが、利差益が逆ざや(収益<支払い予定)となる時期が長く続いた(金融庁 保険モニタリングレポート 2024)。2023年度以降の金利上昇局面でようやく利差益改善が見え始め、反転の兆しだが、それも限定的である。
④ 比較:昔と今、どれだけ差があるのか
項目 | 1980–90年代 | 2025年現在 |
---|---|---|
予定利率 | 5.5~6% | 0.40~1.30% |
実質利回り | 年数%〜5% | 0.3~0.4%前後 |
元本回収 | 30年で返戻金400〜500万円 | 370〜390万円 |
流動性・中途解約 | 中途解約でも元本回収優 | 解約時期によっては元本割れ |
営業メリット | 銀行超+α運用 | 「掛け捨てじゃない」「節税」の訴求が中心 |
⑤ 現役世代へのアドバイス
現代の終身保険は、「保障を持ちつつ控えめに貯蓄」の選択肢としては一定の意味があるが、「貯蓄・資産形成手段」としては割高で効率が悪い。貯蓄や運用を考えるなら「保険と投資の分離」が合理的だ:
おまけ:「お宝保険」はでばすなじゃない!
「昔の保険なんて見直した方がいいよ」と軽々しく言う前に、確認してほしいことがある。
親世代が契約した「予定利率5%台」の終身保険は、今では考えられない超優良資産。保険料の負担が少なく、返戻率も高く、運用利回りは年3~5%。
「古いから見直そう」と安易に解約すると、今の低利回り商品に乗り換えて逆に損をする可能性が高い。むしろ、残しておく方が堅実な資産運用になることもある。
つまり、お宝保険は、本当にお宝保険で、「良かった時代の遺産」なのだ。
親、祖父母世代は、貯金がわりに貯蓄型保険に入っていたのだ。
結論:お宝保険は「過去の遺産」、今は現実に即した選択を
かつては「予定利率5%」という制度設計が、貯蓄と保障を“二重に得る”仕組みだった。だが、今は0.4%台、さらに諸経費を差し引くと実質0%付近。それでも保険会社は「掛け捨てより安心」を謳って営業するが、現代の生活者にとって「本当にお宝なのか?」は立ち止まって考えるべきだ。
――お宝保険は歴史にある。いま必要なのは、「保障」と「資産形成」の目的を分けて設計する“自分仕様”のライフプランだ。
そして私は今、倉科さんの言葉を胸に、毎月の積立先を見直している。
「安心」って言葉の裏にある数字、ちゃんと見られる私でいたいから。
※参考資料:生命保険協会『生命保険の動向』2024年版、日本生命、住友生命、日本銀行 統計データ、金融庁 保険モニタリングレポート 2024、生命保険文化センター、ニッセイ基礎研究所