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釣りをやったことがないのに隣国第三王子に釣りを誘われた没落侯爵令嬢の顛末 #1

アウトドア

侯爵家の令嬢アリシアは、婚約者である王太子アルフレッドから突然の婚約破棄を告げられ、家は没落の危機に陥る。すべてが崩れ去ったかに思えたその瞬間、彼女の前に現れたのは、隣国の第三王子カイル。彼もまたこの国の貴族学校に通う同級生だったが、彼の瞳にはどこか他の人にはな冷静な色が宿っていた。


第一章:「さようなら、王太子アルフレッド様」

侯爵家の令嬢アリシア・ランセロットは、貴族学校の大広間で大勢の目に晒されながら、王太子アルフレッドから突然婚約破棄を告げられた。

「僕は君との婚約を解消する。これは正式な決定だ」と冷酷に言い放たれ、アリシアはその場に立ち尽くした。

アリシアにとって、アルフレッドはただの婚約者ではなかった。彼との関係は家の繁栄にも繋がり、家族にとっても名誉なものだった。それを失うということは、家が没落するのと同義だ。しかし、アルフレッドはそんな事情を気にも留めず、彼女を拒絶した。

その夜、アリシアは家族の前に頭を垂れ、耐えがたい恥辱と怒りで心が揺れるのを感じていた。彼女の父親である侯爵は、宰相の任がとかれ、謹慎を言い渡されていた。後任の宰相は、王太子の新たな恋人である男爵令嬢を養子にした新進気鋭の伯爵だった。家の存続が危ぶまれるような事態に陥っていた。孤立し、悲嘆に暮れるアリシアの前に唯一、声をかけてくれたのは隣国であり大国の第三王子カイルだった。

カイルは留学中でアリシアと同じ貴族学校の同級生で、誰にでも親しげに接する穏やかな性格で知られていた。しかし、彼にはもう一つの秘密があった。実は彼は現代日本から転生したエンジニアで、異世界の宮廷生活に違和感を覚えつつも、周囲には見せないようにしていたのだ。

ある日、カイルはアリシアが湖のほとりでひとり涙を流しているのを見つけた。「アリシア、釣りに行かないか?」カイルの突拍子もない提案に、彼女は少し驚いたが、何も考えたくない気分だったため、誘いに乗ってみることにした。

「釣りって、何をするの?」とアリシアが尋ねると、カイルは笑って答えた。「魚を釣るだけじゃないんだ。自然の流れに身を任せる感覚を味わえるんだ。きっと君の心の重荷も少し軽くなるよ」

そうして、翌朝、二人は湖に足を運び、カイルが日本で学んだ釣りの知識を使って準備を始めた。カイルはアリシアに、糸の結び方や竿の持ち方、エサのつけ方を丁寧に教えた。アリシアは最初は不器用だったが、彼の手ほどきを受けながら、少しずつ釣りの楽しさを知り始めた。

釣り竿を握り、湖面に糸を垂らすと、冷たい風が肌をかすめる。沈黙の中で、自然の音とカイルの穏やかな表情に、アリシアは癒されるのを感じた。「こうしてじっとしていると、心が落ち着くわね」と彼女が言うと、カイルはうなずいた。

「釣りって、ただ待つだけじゃないんだよ。魚を引き寄せるために、少しの工夫が必要なんだ。例えば……」

カイルは巧みに竿を操り、水中で糸をしならせる技術を披露した。水面に小さな波が広がり、アリシアの視線が釘付けになる。

「すごいわ……こんなこと、王宮では教えてもらえなかったわ」

アリシアが感嘆すると、カイルは照れくさそうに笑った。

「これは俺の世界の釣り方さ。少し変わっているかもしれないけれど、アリシアもやってみるかい?」

彼の真剣な目に、アリシアは思わず胸を高鳴らせた。悲しみに沈んでいたはずなのに、彼と一緒にいると、不思議と心が軽くなるのを感じる。そして、糸を引く感覚が手に伝わると、ふと彼の言葉が浮かんだ。

「心の重荷も、釣り上げることができるかもしれないよ」

カイルの言葉通り、アリシアは少しずつ新たな楽しみと自信を取り戻し始める。しかし、心の片隅に残る不安は、彼女を完全には解放してくれなかった。王太子との婚約破棄という傷跡は、簡単には癒えない。

それでも、アリシアはこの日、再び前を向いて歩き出す決意を固めた。カイルの隣にいると、暗闇に差し込む光を見つけた気がしたのだ。

あなぐま
あなぐま

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