3章:夫婦の駆け引き
リビングに柔らかなオレンジの光が灯る夜。食卓には、こんがり焼き目のついた若鶏のソテーが並べられていた。ガーリックとローズマリーの香りが漂い、付け合わせでパプリカとマッシュルームのグリルが色彩を添える。真紗子が愛用しているレシピ本から選んだ一品だ。その脇には、チリ産の白ワインが注がれたグラスが二つ。
「今日のワインはどう?」と真紗子が微笑む。頼朋は一口飲んで、「フルーティーで飲みやすいな」と頷くが、どこか心ここにあらずといった様子だった。
実は、真紗子が料理にワインを合わせるのには理由がある。彼女は独身時代に、紹介制の料理教室に通っていた。その料理教室で仲良くなった人がワイン教室を主宰していたので、そこにも通っていたのだ。当時は仕事が終わると銀座や青山のスタジオに足を運び、料理の技術を磨きながら、ワインの基礎知識を学ぶのが何よりの楽しみだった。「いつか家庭を持ったら、食卓をこんな風に彩りたい」と思い描いていた夢が、今、こうして形になっている。
そんな理想の食卓の向こう側で、頼朋が切り出した話題は、決してロマンチックなものではなかった。
頼朋の熱弁、真紗子の冷静な反応
「いや、これからはうちも投資を考えるべきだよ。将来のために。」
頼朋はフォークを置き、真剣な表情でそう切り出した。昼休みに目にした広告から始まり、帰宅後も調べた投資信託やNISAの情報を、頭の中でまとめながら話している。
真紗子は、ナイフで鶏肉を丁寧に切り分けながら、少し微妙な表情を浮かべた。「でもね、それで損したらどうするの?」
彼女の声は冷静そのものだった。決して否定しているわけではないが、慎重にことを進めたいという思いがにじみ出ている。
「損なんて、そんなのは少額で始めればリスクは抑えられるって書いてあったよ。今の時代、銀行に預けてるだけじゃお金は増えないんだ。むしろインフレで目減りしていく。」
頼朋の熱弁に、真紗子は「それで具体的に何を始めるの?」と問い返す。いつものように、事実と計画を求める彼女の態度が頼朋を少しだけ焦らせた。
「たとえば投資信託。ドルコスト平均法で少しずつ積み立てていけばリスク分散ができるし……」と、まだ不完全な知識を振り絞って説明を続ける頼朋だったが、真紗子の視線はどこか遠くに向けられていた。
若鶏のソテーの秘密
食卓の料理に視線を移した真紗子は、少し笑いながら話をそらすように言った。「ところで、このソテーどう?ローズマリーを仕込むときにオリーブオイルにちょっとだけレモンを足してみたの。さっぱりしてるでしょ?」
実はこの料理、彼女が料理教室で習ったフランス家庭料理の一つだった。鶏胸肉に切り込みを入れ、ハーブと塩胡椒をすり込んで30分寝かせ、オリーブオイルで香ばしく焼き上げる。その後、白ワインを振りかけて蒸し焼きにすることで、柔らかく仕上がるのだ。付け合わせのグリルの野菜には、ほんの少量のバルサミコ酢を垂らすことで、味にアクセントを加えている。
頼朋は「美味しいよ」と答えながらも、頭の中ではまだ「投資」についてどう説得すべきかを考えていた。
大媛の宿題参戦
その時、リビングから小さな声が聞こえた。「ママー、算数の宿題がわからない!」
小学5年生の大媛が、ノートと鉛筆を手にダイニングにやってきた。彼女の髪は少し跳ねていて、どこか愛嬌のある姿だ。「また宿題か」と微笑む頼朋がノートを覗き込むと、そこには「分数の掛け算」の問題が並んでいる。
「分数って何でこんなにややこしいんだろうね?」と大媛がぶつぶつ言うと、頼朋は「分数をお金だと思ってみろ」とアドバイスを始めた。「例えば、1/2って50円みたいなもんだ。だから……」
大媛が頷きながら答えを出していく様子に、頼朋と真紗子は目を合わせて微笑んだ。子供の宿題という日常の風景が、少しだけ家族を和ませる。
ふと、大媛が顔を上げて言った。「ねえパパ、それで投資って何なの?お金が増えるなら私の学費もお願いね!」
その純粋な一言が頼朋の胸を突き、同時に真紗子の視線も鋭くなった。「じゃあ、もしそのお金が減ったら?」彼女の言葉に、頼朋は少しだけ苦笑いしながら答えた。「減らさないように、ちゃんと勉強するさ。」
真紗子の小さな一歩
夕食の後、片付けをしていた真紗子は少し考え込んでいた。頼朋の熱意も、大媛の無邪気な一言も、彼女の中で響いていた。「少額から試してみるのも悪くないかもね。」
それは、真紗子の中に芽生えた一つの小さな決断だった。
──未来への一歩は、小さな家族の会話の中から生まれた。

源頼朋の奥さんは「北条政子」頼朋の奥さんは「真紗子」偶然って重なるだね。真紗子は、政子と同じで、賢そうな感じだね。このストーリは、おとな世代のための賢い投資スタートガイド#3 の解説版。元ネタが気になる人は、リンク先も読んでね。