6章:試練のとき
朝の通勤電車で、頼朋はiPhoneの画面を見つめていた。「評価額:△475円」という数字が赤字で表示され、彼の胸にズシリと重いものがのしかかる。投資信託を始めて1ヶ月。期待に胸を膨らませていたのに、結果は思わしくない。
その夜、また、リビングでソファに座りながらiPhoneをいじっていた頼朋は、思わず声を上げた。
「なんでこんなに下がるんだ!」
隣で雑誌を読んでいた真紗子は、冷静な顔で「だから言ったでしょ?損するかもしれないって」と言いながらも、少し不安そうな表情を浮かべている。「やっぱり、投資なんて向いてないんじゃない?」
下落の理由と不安
頼朋は慌てて情報を調べ始めた。「世界経済が不安定な状況です」というニュースや、「利上げによる株価の調整」という専門的な言葉が並ぶ。さらに、最近アメリカで発表された企業決算が予想を下回ったことや、インフレ懸念が投資家心理を冷やしているという解説が目に入る。
「こういう理由で下がるのか……」と納得しつつも、不安が消えるわけではない。今まで「お金を減らす」という感覚がなかった彼にとって、この赤い数字は異質で恐怖だった。
「これが短期的な調整だとかいうけど、本当に戻るのか?」そんな疑念が胸をよぎる。
大学時代の友人・静香との再会
翌週、頼朋は思い切って大学時代の友人であり、今はファイナンシャルプランナーとして活躍する静香に連絡を取ることにした。
静香とは、大学の一般教養のフランス語のクラスで一緒だった仲だ。彼女は投資や資産運用の知識を活かし、最近ではセミナーに登壇するほどの実績を上げており、業界では少し有名になりつつある。SNSでも「初心者向け投資講座」などを発信していて、その活躍ぶりに頼朋は以前から感心していた。
「静香、久しぶりだな。実は、最近投資信託を始めたんだけど、いきなり評価額が下がっててさ……」
頼朋の話を聞いた静香は、落ち着いた声で答えた。「頼朋、短期的な値動きに一喜一憂しちゃダメよ。それが投資の基本だって言ったでしょ。」
「でも、赤字を見ると不安になるんだよ。これって続けてて大丈夫なのか?」と頼朋が聞くと、静香は少し笑いながらこう言った。
「評価額が下がった原因を理解するのは大事だけど、投資信託は長期的な視点で見るものよ。1ヶ月や2ヶ月で判断しちゃダメ。」
長期投資の視点
静香は具体的な例を挙げて説明を始めた。
「投資信託が下がる理由は色々あるの。たとえば、今アメリカでは利上げの影響で株価が調整局面に入ってるわ。それに、企業の決算が市場予想を下回ると、一気に売りが広がることもある。投資家心理って、案外簡単に動くのよ。」
「それから、国際情勢の変化も見逃せないわね。地政学的リスクや、ある国の景気減速のニュースが伝わるだけで、全世界の市場が反応することもあるの。」
頼朋は頷きながら静香の話を聞き、「そんなことで市場が揺れるのか」と感心しつつ驚いていた。
静香は続けた。「でも、だからこそ長期投資が大切なのよ。S&P500やオールカントリーみたいな投資信託は、短期的な変動があっても、時間をかけて成長してきたの。歴史が証明していることよ。」
「長期的な視点で見れば、株価の上昇と複利の効果で資産は増えていく可能性が高い。だから、短期の下落に惑わされないで、淡々と積み立てを続けることが大事なの。」
静香の言葉は頼朋の胸に刺さった。「短期の波に流されず、時間を味方にする」──その考え方は、今の自分に欠けていたものだと気づい
試練を乗り越える決意
その夜、静香のアドバイスを受けた頼朋は、真紗子に話をした。「静香が言ってたよ。長期的に見れば、こういう短期的な下落はよくあることなんだって。」
真紗子は「そうなの?」と少し驚きながらも、「でも、気持ちはわかるわ。赤い数字が続くと不安になるものね」と共感を示した。
「うん。でも、俺たちはコツコツ積み立てを続けていけばいいんだと思う。静香も、それが成功の鍵だって言ってたから。」
頼朋はリビングで一人、改めてiPhoneの画面を見つめた。
「短期的な変動に惑わされずに、続けてみよう。」
それが彼の心の中で固まった結論だった。
試練を通じて、彼は「投資をする」という行動の意味を少しずつ理解し始めていた。それはお金を増やすことだけでなく、自分の未来を信じることでもある。
──短期的な波の向こうに、長期的な成長を信じる。その先に見える未来を描きながら、頼朋は次の一歩を踏み出した。

静香ちゃんが頼朋の同級生として登場したね。静香というえば、静御前。さずがに肝が据わっていると感心しちゃうね。